近年、訪日外国人の増加やリピート率の向上に伴い、地域での「体験の質」が問われるようになってきました。
旅行者の口コミなどをみても、地域での体験の満足度を左右するローカルガイドの存在は、非常に重要であることが分かります。
旅行者に最も近くで長時間接する地域の顔であり、体験の満足度を左右する演出家兼パフォーマーとして、インタープリテーションやホスピタリティの質がこれまで以上に求められていくローカルガイドを、これからどのように確保・育成していけばいいのでしょうか?
この記事では、観光庁で実施されている「地方部における観光コンテンツの充実のためのローカルガイド人材の持続的な確保・育成」に関する有識者会議の内容を参考に、ガイド育成について深堀りしていきます!
観光客は「本物の体験」を求めている
2022年10月の水際措置の緩和以降、訪日外国人旅行者数は堅調に回復し、2023年は2,500万人を超えました。
インバウンド客の増加とともに、日本の観光リピート率も高まっており、訪日外国人のニーズは「都会から地方へ」「コトからトキへ」と変わりつつあります。
また、国内観光客においても地方への観光ニーズが高まっています。
消費傾向が「モノ消費」から「コト消費」へ、さらにSNSの普及等に伴い、より体験の内容が重視される傾向(トキ消費)へ変わり、これからの観光は、特定の対象や世界観への『没入性』の高いコンテンツへの希求が一層高まると予想されています。
そんな状況のなかで、体験価値の向上を重視したマーケットインの発想で、地域固有の文化・歴史・自然等を生かした地域の魅力の精査・磨き上げを行うとともに、その魅力を伝えるガイドが重要視されています。
ローカルガイド不足、8割が感じている現実
観光庁がDMO(観光地域づくり法人)を対象に行なった調査によると、インバウンド向けのローカルガイド人材の不足を「感じる」「やや感じる」と回答したDMOは約8割を占めています。
なお、この調査でいう「ローカルガイド」とは、ガイドを行う地域又は周辺地域に在住(季節的な一時在住を含む)の有償のガイドを指し、「スルーガイド」とは地域から離れたエリアに在住し、旅程全体を通してガイドを行う有償のガイドを指します。
なかでも人手不足を強く感じている分野は、「自然・アドベンチャー」が約7割と最も多く、次いで「歴史(寺社仏閣・城、世界遺産・日本遺産)」が約6割、「食・食文化」 「地域固有の暮らし・生活文化」が約4割となりました。
「ガイド人材不足を感じない」と回答したDMOが、1つもなかったということがポイントです。
日本人向けローカルガイドの不足状況は?
日本人向けのローカルガイド人材の不足を「感じる」「やや感じる」と回答したDMOは約7割となりました。
こちらもインバウンドと同じく、不足傾向にあります。
なかでも人材不足を感じる分野は、「自然・アドベンチャー」「歴史(寺社仏閣・城、世界遺産・日本遺産)」が約5割と最も多く、次いで「食・食文化」 「地域固有の暮らし・生活文化」が約3割という回答になっています。
ローカルガイド不足の原因は何か
インバウンド向け・日本人向けともに「報酬が低く生計を立てられない」「繁閑の差が激しく通年で働くことができない」が約5割いることに加え、「ガイドの高齢化」「地域に外国語を話せる人材がいない」も大きな要因と考える回答が多くありました。
【ポイント解説】有識者会議における専門家の意見
データの収集をもっとするべき
ガイドが足りないという点については、アンケートの回答者が DMO に限定されているため、もう少し詳しい情報が必要ではないか。繁忙期や閑散期などどういった場面でガイドが少ないと感じるのかが分からない。DMO が商品を造成し、モニターツアーを実施する場合もあると思うが、お付き合いとしてモニターツアーまではやるけど、その後は引き受けないという場合でも、DMO にとってみれば「ガイドが足りない」ということになる。
DMCの手数料が高いなど、構造的な問題がある
旅行業界全般が大規模処理に強く、OTA に販売手数料として 20~25%を支払うため、貴重な在庫を低粗利の商品で売らなければならないという構造が固定化しているという点が一番の課題だと思う。
ローカルガイドが必要なのはエージェント経由の旅行商品。BtoC の予約システムからよりも利益率が遙かに良い。
旅行会社への依存を高めすぎないために需要を可視化し、サプライヤーサイドがお客様を取りに行くということができる形、需要サイドにアクセスできる形を作るなど、ガイド業務を提供しやすい環境を整備することで、稼働率が上がるのでないか。
ガイドが足りていない原因はビジネスの構造の問題が大きい。特に地方部においてはガイドビジネスを事業として成り立たせる難易度は高い。単独のコンテンツ事業者だけでは供給できる仕事量に限界があり、ガイドのキャリア形成までは至れない。
潜在的なガイド人材がいるのでは?
潜在的なガイド人材として、リタイヤしている方で経験を活かして地域を案内したい方、学生や留学生、コミュニティ施設の運営者などが相当数存在すると思う。
潜在的なガイド人材が入れない理由も検討する必要があり、経済的な問題以外にも、時間の使い方にも阻害要因があるのではないかと考えている。フルタイムではなくフレキシブルに対応できるような体制が整備されていると入りやすくなると感じる。
人気のガイドを取り合いしているので、ガイドの数の不足が顕在化している状態になっているのではないか。
本当に数が足りないのか少ないのか見ていく必要がある。
専業主婦の方や兼業の方など、ガイド業でそこまで収益を上げなくても良い方もいる。多様な人材に応じた就労環境の整備が必要。
「ガイド」の仕事について、正確に業務の内容を理解している人は少ないのではないか。ガイドは日本や地域の魅力を伝える重要な仕事。ガイドの仕事が魅力的なものであることについて、理解して貰うための取組が必要。
プロセスとしては、まず仕事の障壁になっているものを取り払い、次に仕事ができるようになってもらい、そのうえで自分らしさを出してもらう。正しい期待の形成と、未経験者でもガイドができるというロールモデルの提示をガイドに対してきちんと行うべき。十分な就労機会や学習機会の提供をすることが重要。
ローカルガイドの確保・育成のための取り組み事例
三重県伊勢市
伊勢神宮の歴史・文化的価値に関するインタープリテーションを確立
「有形の価値」に潜む「無形の価値」を読み解くことを重視し、伊勢神宮の歴史やその背景にある日本人の精神性など幅広い歴史・文化の本質的な価値を世界目線で伝えるインタープリターを養成。養成講座を実施するとともに、共有ができるようテキストブック等を作成。
今後は、旅行者の嗜好に合わせてカスタマイズができるエキスパートガイド人材の発掘・育成や、宿泊施設でのコンシェルジュ機能を強化。
長崎県雲仙市
雲仙地域一体のインタープリテーション全体計画を作成し、それに基づいてコンテンツ造成やガイド育成を実施
「雲仙温泉ならではの魅力的なストーリー」を明確化し、各事業者の立場で旅行者に伝えられるように整理。全国通訳案内士や交通事業者
などにもインタープリテーション全体計画を配付するとともに、地域外の人材もオープンにガイド育成を実施。
今後は、ガイドとDMC間の強固な座組を形成するとともに、ガイド全体を総括するまとめ役を設置。
観光庁としての今後の方針(案)
裾野を広げる取組
初心者でもローカルガイドとして働くことができる環境の構築
(地域の他業種・学生等の参画の促進、商品の規格化・エントリーモデルの創出、実践的なスキルアップ研修、職業としての「ガイド」
への理解増進、ロールモデルの創出、地域一体となった安全対策 等)
ガイドの育成・質の向上
訪問者の満足度の向上や地域消費の拡大を促すプロフェッショナルなガイドの育成
(各ターゲット層に応じたガイドに求められるスキルの考え方、プロ意識・経営意識のあるガイドの育成、事業者における人材への投資
マインドの造成・人的資本への投資促進、育成コストの価格転嫁、適切な評価制度の構築 等)
安定的な需要づくり
変動する需要に応じて地域側が柔軟に対応できる流動性を持った供給の創出
(ガイド需要・供給の可視化等のDX化、学生ガイド・副業ガイド等を活用した供給の柔軟化、新規マッチングの創出 等)
就労環境の改善
地域のローカルガイドが安心して就労できる環境の整備
(地域一体となった繁閑差の就労先確保、専業・副業など多様な人材に応じた柔軟な就労環境の整備、ガイド報酬の安定的確保
やガイド人材の育成コスト等を念頭に置いた価格設定の見直し 等)
【提言】”選択肢”になっていないことも大きな課題
5月22日で第3回を迎えた有識者会議の中で、以下のコメントに注目しました。
一般生活者にもガイドの仕事が正確に知られておらず、就職先の有効な選択肢になっていない。
私は、その通りだと思いました。
人は”知っている職業”と"そのイメージ"の中から職業を選択します。
幼稚園児なら、ウルトラマンや仮面ライダー、プリキュアなど。
小学生なら、お医者さんや先生、お花屋さんなど。
大学生になると、公務員とかサラリーマンなど、少し現実的になってきます。
いずれも”知っている職業”と”そのイメージ”から連想して職業を選択することが多いのです。
私自身は観光系の学校を卒業していますが、少なくとも私の周りでは「観光ガイドになりたい!」という人はいませんでした。
しかし、授業に観光ガイドを務める人が来て「観光ガイドがいかに魅力的で社会的な価値があるか」を説明すると、「なりたい!!」と目を輝かせる人もいました。
このとき初めて、”知っている職業”に仲間入りして、”魅力的な仕事”という良いイメージを持ったということになります。
少なくとも、私たちZ世代は、「給与」や「就労体制」だけでは動きません。
もちろん、就労体制や給与などの現実的なところを整えていくことは必要不可欠ですが、まずは「観光ガイド」という素敵な職業があることを知ってもらい、将来の夢の1つになれるような取り組みを行うことが必要だと考えています。
せめて、観光系の高校や大学、専門学校などとはもっと提携をするべきではないでしょうか。
そこから、「就職したい」と思ってもらったり、「副業の選択肢の1つ」になったりするのは、若い世代が観光産業に興味を持つという点でも効果が大きいと思います。
なかには学生のときから、アルバイトでガイドをやりたい!という方も出てくることでしょう。
観光庁の今後の取組みにもある「裾野を広げる取組」は、ぜひ力を入れて取り組んでいただけたら嬉しいです!!