観光業界でよく耳にするようになった言葉があります。
それが「高付加価値化」です。
ただこの「高付加価値化」という言葉は非常に分かりにくく、私はこの“解釈”を間違えると、観光業界全体として良くない方向に進んでしまう気がしています。
そこで、今の日本の観光事業者が共通認識として持つべき「高付加価値化」について、私なりの考えを整理してみたいと思います。
あくまで私個人の持論ですので、「いや、それは違う!」とか、「ここはこうした方がいいんじゃないか」という議論は大歓迎です。
むしろ、そういう議論こそが“日本の観光の価値を上げる第一歩”になると思っています。
日本の値上げ戦略の落とし穴
「高付加価値化しよう!」となったときに、多くの事業者が、〝価値を上げて値上げをしよう〟と考えると思います。
この「価値を上げて、値上げ」戦略は、大抵こういった形に収まるパターンが多いようです。
普段は一般的な和牛のコース料理を出しているけど、
“プレミアムコース”として飛騨牛をふんだんに使った特別メニューを作ろう!
こうした取り組み自体は、素晴らしいと思います。
実際、「高くて高品質なものを楽しみたい」というニーズはとても強いからです。
そしてこれは、日本人が最も得意とする分野でもあります。
機能を良くし、品質を上げ、その分価格を上げる。
場合によっては「価格を据え置いたまま、品質を上げる」ことすら実現してしまう。
これこそが、かつて日本が世界を牽引してきた強みであったと思います。
しかし、同時にここに“落とし穴”もあります。
なぜなら、これはいわば
「経費を上げて、価格を上げる」
という単純な構造であり、〝モノへの付加価値〟だからです。
もちろん、同じ利益率10%でも、
1,000円のコースと10,000円のコースでは、利益額は10倍違います。
ただし、このやり方には限界があります。
時間が経つにつれ、他の店も同じように「高級化」していき、
結果として差別化ができなくなる。
そして最終的には「価格競争」に逆戻りしてしまうのです。
かつて日本は、ガラケーの機能(質)を競っていました。
その機能の差はいずれ小さくなり、競合との差別化がしにくくなってきます。
そんなときに、iPhoneというイノベーションと圧倒的ブランド力に全て取られてしまいました。
Appleは、周りと同じ機能の背比べには参加せずに、独自の価値とブランドイメージを作ることに成功したのです。
今日本の観光業界が「高級化戦略」と並行して、取るべき「高付加価値戦略」は
「経費を上げずに、価格を上げる」
ことです。
もしも「それは、ただの詐欺じゃん!!」とか思った方にこそ、ここから先を読み進めて欲しいのです。
経費と価格の構造を分かりやすく図にすると、以下のようになります。
①経費が大きくて、価格が高い
これは単なる高級化戦略です。高付加価値とは異なります。
②経費が大きくて、価格が安い
安さが正義という価値観の強い日本では、特に多い例です。
③経費が小さくて、価格が安い
一概に悪いわけではありませんが、日本の質を低下させることに繋がります。
④経費が小さくて、価格が高い
ここが、日本が一番取り組むべき「高付加価値化戦略」です。
私は、世界一の観光収入を誇る「アメリカ」の戦略を研究したときに、アメリカが非常に④に長けていることに気づきました。
もっと分かりやすく言えば、これは、
日本の観光事業者が、
1,000円のものを1万円で売る方法。
を考えるための重要な戦略なのです。
ココロの付加価値とは?
では、1,000円のものを1万円で売るためにはどうしたらいいのでしょうか?
3,000万円のフェラーリは、本当にトヨタ車よりも高い経費がかかっているのだろうか?
そんなことはありません。
富裕層の人が求めているのは、「便利さ」や「高品質」だけではないのです。
それは、「ステータス」であり、「体験」であり、「希少性」であり、「応援」だと考えています。
これを私は「ココロの付加価値」と呼んでいます。
「1,000円のものを1万円で売る」の答えは、
1,000円のものにココロの付加価値をつけて売る、ということです。
次の章で、もう少し具体的に、世界の観光都市がどんな「ココロの付加価値」をつけているのかについて紹介していきます。
観光業の事例を中心にしているので、日本でもそのまま使えるものもあるかもしれません。
ココロの付加価値で稼ぐ、世界の観光地
優先入場券
アメリカのテーマパークや美術館では、追加料金で行列をスキップできる「ファストパス」や「プライオリティ入場」が当たり前となっています。
日本では「不公平」と批判されがちですが、VIPの心理は“他より早く入れる特別感”に価値を感じます。
全員が並ぶ中で自分だけが通される。それが価格を正当化します。平等ではなく、多様な選択肢を提供しているという視点が重要です。

VIPルーム
ヨーロッパの劇場や球場では、最前列よりも「人の目を気にせず楽しめる席」が人気となっています。
日本でも取り入れられていますが、たとえば野球場のVIPルーム。
これは野球観戦の人気席であるバッグネット裏ではなく、3塁側に用意されているケースが多いです。
このことからも分かる通り、特別待遇とは、物理的な距離よりも心理的な距離です。
日本の観光地も「VIP専用スペース=特別感」と捉えるべきで、豪華さよりも“静かに味わう自由”を設計することがカギになります。

これではVIPはプレゼントをもらうために高いチケットを払ったみたいに感じます。
重要なことは、VIPとして気持ちよく過ごしていただくことを徹底的に考えることです。
応援チップ(感動・応援・共感にお金を支払える仕組み)
欧米では「応援」「感謝」をお金で表す文化が自然に根づいています。アーティストへのドネーション、ストリートパフォーマーへのチップなどが代表例。
日本人は「お金=上下関係」と感じやすいですが、本来は共感の可視化です。
「この人やこの会社を応援したい!」と思ったときに、お客様にその気持ちを表現できる場所はあるでしょうか?
観光体験にも「応援や感動に追加料金を支払える仕組み」を入れれば、VIP心理=“応援したい満足”を刺激できます。

「モノはいらないからここにお金を払いたい」という気持ちに応えられるようにしておく
特別演出
フランスのルーブル美術館では、照明を絞り、解説を絞るだけで“まるで自分だけの美術館”を体験できる夜間貸切ツアーが人気です。
特別演出の実現には追加経費がかかりますが、工夫次第で日本でも応用可能です。
時間を変えるだけで特別になる。
城の夜間貸切、閉館後の酒蔵、朝一番の温泉など、設備ではなく「演出」が価値を作ります。

限定体験
スペインの祭り「サン・フェルミン祭」では、参加者が山車を引き、地元民と一体化します。
観光客は“観る側”ではなく、“関わる側”になる。
日本の祭りでも「山車にお殿様・お姫様席を用意して販売」「鵜匠体験」など、特別枠として参加できる仕組みを作ることで、VIPは“選ばれた誇り”を感じます。
これが心理的な高付加価値です。

ココロの付加価値も大切にしていこう!
観光の「高付加価値化」は、決して“高級化”や“値上げ”のことだけではありません。
お金をかけて豪華にするのではなく、つい本能というか「心」が動く体験を設計することが理想の付加価値です。
誰かより早く入れる、特別な空間で過ごせる、地元の人と関われる、そうした“心の満足”こそが、価格を上げても納得してもらえる理由になります。
観光の競争は、モノの豪華さではなく、心に残る体験をつくれるかどうか。
これからの日本が、“ココロの付加価値で稼ぐ観光立国”になれたら良いなと強いなと思います。
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